knocking on your door(3)

 何が悲しくて、肉体労働で疲れきっちゃった体をとっとと休めたい俺が、痩せているとは言え大の男一人抱えてずるずる家まで帰らなくちゃなんねんだ?
 そうか、救急車呼んでやりゃよかったのか、なんて気付いたのが家に辿り付いて、ミズノをベットに乗っけた後だった。俺自身病院に通ったことなんかなかったのと、ミズノが全く軽くってひょいひょい運んで来れちゃったってのが原因なんだろう。
 とりあえず途中で解熱剤ってのを買ってきて、目が醒めたらレトルトパックの白粥でも口に詰め込んで薬飲めばイイだろう……なんて、何で俺はこんな坊ちゃん看病しちゃってんだよ。まァ恩をうっときゃ後で金一封が帰ってきたり…なんてな。
 それにしても人に抱えられて電車乗り降りしてベットに運び込まれても意識が朦朧としたまんまっつうのはやっぱ病院行った方がイイのかもしれねぇ。次に目を醒ましたら訊いてみよう。
 俺は残り二箱になった煙草の封を切ってベットの傍らに腰を下ろすと吹かし始めた。
 暖かい室内に運び込んだミズノの顔は土色より幾分か赤味を帯びてきた。荒い息はゼイゼイと掠れて――あぁ、水とか飲ましてやったらイイのか?
 台所に立ってコップに水道水を汲んできてやる。貧乏人はコンビニで水買ったりしてらんねぇし味なんかわかんねぇしな。まぁ確かに実家の水は美味いけどよ。
 コップの半分まで注いだ水をベットまで運んで――俺は暫らく考えてから、ミズノの肩を揺すった。
「……ほら、ミズノさん」
 水飲め、と上体を支えて起こしてやる。
 うわ、汗ぐっしょりだ。
 服も替えてやらなきゃいけねぇのか? 何で俺がそこまでしてやらなきゃいけねぇんだ?
 ミズノは無言で、俺にコップを押し付けられるまま水を含んだ。唇の端から水が滴るのも、虚ろな奴には気にならないらしい。水はあっと言う間になくなった。
「もっと飲むか?」
 熱には水分と栄養。そんで目一杯汗をかけ。こりゃ常識だ。
 ふるふる、とミズノは首を振った。
「病院行くか」
 すっかり埃を被っちゃいるが、電話くらいある。
「……嫌、だ……」
 すっかり掠れた声。
 病院が嫌い? 子供じゃあるまいし。ま、世間知らずの坊ちゃんだから仕方ねぇのかもしれねぇけどな。
「じゃ、服脱げ」
 目を醒ましてる内にいろいろやっとかねぇとな。
「タオル濡らしてきてやるからそれで体拭いて、……仕方ねぇから服くらい貸してやる、着替えろ」
 ぽんぽんと言葉を投げ付けるとミズノはようやく困ったような笑みを浮かべた。
「ほら、さっさとしろ」
 ミズノの唇の端に零れた水滴をぐい、と袖で拭ってやると、それに押されてミズノはベットの上に倒れ込んだ。風が吹いたら飛ばされそうな力のなさだ。
「寝てんじゃねぇよ」
 乱暴に引き起こすと俺の方に凭れかかってくる。
 あぁもういい加減にしやがれ。
「甘ったれてんじゃねぇ」
「すい……ません、今……」
 蚊の鳴くような声が返って来る。熱の所為なのか、俺が怒鳴った所為なのか、潤んだ瞳が俯いた。
 俺はさっさと立ち上がるとタオルを持って台所に向かい――あぁ、あと着替えだ。
 俺の服じゃどれにしたってミズノにゃでかいだろう。俺は一度着たきりのちと窮屈なパジャマを引きずり出してミズノの枕元に戻った。まだもたもたとボタンを外している。
 ……うざってぇな。
「ほら、貸せ」
 三歳年上だっつぅから一応は気にしていた言葉遣いもどこへやら、だ。もっとも、ガキだってこんなにうざったくねぇよ。
 俺はミズノの上半身を脱がしてタオルを渡しかけて――止める。
「寝てろ」
 こいつにやらせてたら体が冷え切っちまう。別にこいつの体だからどうなったっていいんだけどな。
 俺はさして力をいれなくても簡単にベットに倒れ込むミズノの肩を押して仰向けに寝かせると、俺って「イイお父さん」になれるんじゃねーのかなんて自棄気味に思いながらがりがりの胸板を濡れタオルで拭った。
「ちゃんと飯食ってんのか」
 なんて適当に話し掛けて奴が眠っちまわねぇようにして。下半身までは拭いてやれねぇし飯食って薬飲ませねぇことには俺も安心して眠れねぇ。
「すい……ませ……」
 一生懸命喋ろうとするものの、唇を動かすのもダルそうだ。
 あぁ、体温計も買ってこないとねぇや。それにしても本当に細ぇな。色も白い。体も薄いし、これに豊かな胸でも付けりゃ俺好みの女になるんだろうけどな。
「はい、裏」
 今度はうつ伏せにして背中を拭く。そうしたら服を着せて、タオルを流しに置いて――
「ほんじゃ粥食って薬飲め」
 ぐでんぐでんになってるミズノはタオル握ってるのがやっと、という風にベットの上に横になっている。
 ……オイ、粥も俺が口まで運んでやらなきゃなんねぇのか?
 レンジに突っ込んで暖めた粥からラップを引き剥がして部屋に戻ると、悪い予感を抱え込んだ俺を気遣ってか、ミズノは
「あぁ……いいです、食欲 ないし」
 力ない声で遠慮する。
 遠慮する場面が違うんじゃねーのか、と思わないでもないが。
「一緒に食事でも、って誘ったのはあんたじゃねーのか」
 俺は笑えもしねぇジョークを吐いてミズノの口の中に粥を突っ込む。レンゲを咥えたミズノは目を伏せて、少し眉を寄せてから粥を啜って喉を鳴らした。
 レンゲを口から抜くと桜色の唇の白粥が少し溢れ――
 …………おい?
 なんか卑猥な想像してねぇか、俺。
 俺は心の中で首を左右に振りながらミズノの口に二口目を運ぶ。今度はミズノの口から寄ってきた。何だ、食欲ねぇとか言って腹減ってんじゃねぇのか?
「起きてちゃんと食え」
 俺が言うと、ミズノは力の入らない腕で一生懸命起き上がろうとする。
 俺はその背中をちょっと支えて……面倒くせぇな。ミズノの脇に胡座をかいて座ると片膝に粥の入った皿を乗っけて、ミズノの体を半身で支えながら粥を食わせ続けた。
 大人しく粥を啜るミズノは徐々にまた眠くなってきたようで、ずるずると俺に凭れかかってくる。おいおいおい、冗談じゃねぇぞ。
「もっと食うか?」
 でもまぁなんだかんだ言って一皿分をぺろりと平らげてしまったミズノの顔を覗き込んで訊くと、首を左右に振る。
 じゃあ、薬だな。
「今……の、オノダさんが……作ったんですか……?」
「イイよ、タメ語で」
 俺もタメ語になってるしな。
「まさか俺はあんなもん作れねぇよ、レトルト」
 美味かったか? と訊くと、ミズノは弱々しく笑った。
「よっし、笑ったな」
 思わず言ってから、俺は何を言ってんだか、と暫らく自問した。……や、とりあえずアレだ。薬薬。
「解熱剤だ、飲め」
 粥のついでに持って来た水をサイドボードから取って、薬と一緒に押しつける。ミズノは素直に、細い指で薬を掴むと口に運んだ。喉がゆっくり上下する。
 とりあえず思い付くことは全部やったし。あとは一晩眠らせて全然駄目だったら病院にやろう。あー……っとその前に体温計買って来た方がイイか。
 俺はミズノに、よし、じゃあ寝ろ、と言いかけて慌てて口を閉じた。ミズノはとっくに眠っていた。……俺の体に凭れかかったまま。
 ……何考えてんだこの野郎……
 俺は頭を掻いて、暫らくそのままでいた。