knocking on your door・Ⅱ(4)
「眠くないのか」
斉丸の指が俺の髪を撫でる。
俺が今ここにいることが判る。
ここに幸せがあることが判る。
俺は今、幸せっていうもの、そのものだ。
「うーん……」
斉丸の広い胸、太い首。
結構大きいかもしれない耳。
通った鼻。短い睫毛。
ぺとぺとと掌で触っていくと、斉丸は判りやすすぎるくらい顔を顰めて嫌悪をあらわにする。
「てめえ人の訊いてることに答えろよ」
言葉悪いなぁ。
ムードとかないのかな。
「眠い」
俺は撫すくれて短く答えてから、「だから?」と続けた。
斉丸の眉尻がぴくりと跳ね上がった。
「あんたケンカ売ってんのか、この俺に?」
唸るような声で一瞬本気で言ってから、慌てたように
「眠いなら寝ろっつぅんだよ」
と、俺に枕を押し付ける。
あーあ、斉丸ってホントに子供。
枕を押し付けられたままおとなしくしている俺が眠ったのかそれとも落ちこんだのかと、斉丸は不器用に毛布を直しながら様子を窺ってくる。
俺はタイミングを見計らって、その顔に唇を吸いつけた。
「っ!」
素直に面食らう斉丸。
ああ、まったく可愛いったらない。
こんなに可愛い人を俺は他に知らない。
「このヤロウ……っ」
かなり真剣に怒ったらしい斉丸の動きを無理やり封じるようにぎゅうと抱きついて、俺を罵る言葉も出てこないように舌を絡めとる。
「……っ、ふ・ッん……」
斉丸は大きな体を揺らしてベッドを軋ませながらもがき、俺を振りほどこうとするものの、しばらく俺が舌を擦り合わせているとやがて観念したように俺の頭を抱いてくれた。
斉丸は、俺のことなんて信じるな、と言う。
だから信じられる。
どんなことにもすぐ怒る。
だから安心する。
俺を抱く斉丸は真剣に俺を見つめる。探るような目で俺を見る。
だから俺は斉丸に溺れる。
俺には多分もう、斉丸しかいない。
音を立てて離れる唇の間には唾液の糸が引いて、俺がゆっくり目蓋を押し上げると、斉丸の視線がすぐ近くにあった。
もう一度、短いキスがやってくる。
俺は斉丸の背中を抱き返して幸せをまた、確かめる。
「あと四時間しか寝れねぇぞ」
時計に目を走らせた斉丸が言う。
「三時間だよ」
俺は斉丸の肩口に鼻先を埋めて答える。
もう少し
もう少ししかないから。
きっと、こんな愛は長くは続かないから。
今だけは、こうしていても良いはずだ。
睡眠時間なんてどんなに削ったって構わない。
この愛がある限り、これを確かめていたい。
自分に言い聞かせるように、甘やかすように何度も唱える。
「三時間?」
斉丸が尋ね返す声。
低い音の波は重ねた素肌を通じて俺の体内に響いてくる。
「俺、起きるの七時だもん」
俺の体をすっぽりと包み込んでしまえる斉丸の腕。
今まで俺の上を通り過ぎていった男たちの中で、これだけ大きい体はあっただろうか?
……ゆっくり抱きしめられたことなんてないし、どうでもいいことか。
斉丸は特別だ。
ただ一人の人だ。
俺の真実。
俺にとって実在しているのは、斉丸だけだ。
「……あのな、」
たっぷり間を置いてから斉丸が呆れたように言った。
「朝メシなんかそんな無理して作るようなもんじゃねぇよ」
俺が七時に起きるのが何のことだか判ったみたいだ。
「夜遅くなんのは俺のせいでもあるんだしよ、また風邪でもひかれたらたまんねえし」
大丈夫だよ、と俺は答えて、斉丸を抱き返す腕に力を篭める。
このまま世界が終わってしまったらいい。
そんなことを願って目蓋を閉じると、斉丸の手が俺の背中で鼓動のリズムを刻み始めた。
口も悪いしガタイもいいし、目つきも手癖も足癖も悪い22歳の男が、まったく似合わないことこの上ないのに、その掌がまるで、俺のことを愛してくれていることを証明しているようで、俺は泣き出しそうになった。
このまま、このまま、と、何度も唱える。
「ねえ、斉丸」
鼻声になっているのを悟られないように小さい声で話しかけると、
「まだ起きてやがったのか」
舌打ちでもしそうな勢いで言って、斉丸は俺の背を優しく叩いていた手をぴたりと止めてしまった。
……俺が眠っていたと思ったから、やってくれていたのかな?
もしそうだとしたら、今夜から一睡もできないなぁ……。
俺が眠っている間にどんな愛の証明をされているのか、すっごく、気になる。
「俺は今、すごく幸せなんだ。これからもっと、幸せになれる」
斉丸から少し離れて顔を上げると、斉丸は大きく首を傾げた。
「……おかしいな、俺にはそんな予定はいってねんだけど」
どうぞお幸せに、なんて言う斉丸の冗談。
俺は酷いなあって笑いながら、斉丸の胸に再び擦り寄った。
「俺は昔の記憶を意識的になくしている部分があって、眠っていたような状態なんだ。だから今は、いくらでも眠らないでいられるよ、きっと」
ずっと、俺が斉丸といることを許されている間中ずっと、斉丸と話していたい、斉丸を見つめていたいと、本当はそう思っている。
「寝溜めと食い溜めはできないってばあちゃんが言ってたぜ」
斉丸はそう言うなり、ぼんやりとした口調で今年の夏は実家にでも帰るかな、などと呟いている。
斉丸は俺の期待しないところで俺を目いっぱい愛してくれて、俺が期待するところでははぐらかす。
そんなところが、好きだ。