knocking on your door(14)

 何でだよ!
 声にならない叫びを抱えたまま、俺は道路に突っ立っている。仕事だ。
 休みを取ろうかとも考えたけど、休んだからってどうなるもんでもねぇ。
 今度は俺の勘違いじゃないみたいだ。朝、目が覚めるとテーブルの上に朝食と書置きがあった。
 ――少しの間、帰ってきません。少ししたら、またここに来ます。その時は、よろしくね。
 だとか抜かしやがる。
 もうわかんねぇ。何も判んねぇ。
 俺が何かしたっていうのか? 何もしなかったのか?
 あいつの望む通り抱いてやったし、あいつに「好きだ」と嘘もつかなかったし、……それとも嘘をついたらよかったのか?
 別にあんなヤツ、もともと招かざる客どころか図々しい居候だったんだから、いなくなってバンバンザイだ。
 少ししたら戻ってくる、じゃなくてもう二度と会いたくもねぇ。
 だけど、じゃああれは何だったんだ?
 ここにいてもいいか、だの、俺んとこにいたい、だの。何だったっていうんだよ。
 またサトシが恋しくなったのか?
 一対どこに行ったっていうんだ。
 どこに、あいつの行くところがあるっていうんだ?

 幸せの木、とか何とかベタなネーミングの、ミズノの勤務先を覗き込んだ。
 中では女が一人で働いている。
 いるわけが、ねェか。
 あきらめて立ち去ろうとした時、カウンターの中の女と目が合った。
 ――オノダくん。
 女のつややかな唇が動いた。
「……ども。」
 俺は仕方なく重い扉を押して、ぽつりと言った。
 あー、ここのコーヒー高ぇんだよな。
 水だけ飲んで帰ったら、やっぱ……恰好つかねェよな。
「透くん?」
 お盆を抱いた女が、小首を傾げながら俺をカウンターの席に招いた。
「透くんを探しにきたんでしょう」
 俺はカウンター前の椅子にいつもの調子で腰をかけてから、思いがけず店内に響いた大きな音に肩を竦めた。この店は静かすぎる。
「探してなんかねぇよ」
 別にいいんだ、あんな奴。
 俺は声を潜めるように押し殺して答えた。
 女は俺にコーヒーを差し出しながら、口元を押さえてくすくすと笑った。
「探してないの? ……あ、コーヒー熱いから気をつけてね」
 このコーヒー代は、……ってケチくせぇな、俺。
「だけどさっきお店を覗きこんでた織野田くんの顔、心配そうだったわよ」
 眸を細めて笑う。
 大人の女、てぇ感じだな。過去に俺、こーゆー女を落とせたためしがねェや。
「何だか透くんと織野田くんって面白いわね」
 女は客の少ない店内に自分用のレモンティーの香りを漂わせながら、睫毛を伏せた。
「お互いが相手を子ども扱いしてるのよ。……判ってる? 透くんは織野田くんの世話を焼くのをすごく嬉しそうにしているし――ここでもしょっちゅう、織野田くんの話をしてるのよ、今日はご飯を残してた、とか好き嫌いが多い、とかね」
 あいつ異常じゃねぇか、何を考えてやがる。ホモだと思われたらどーすんだよ。
 あいつは本当のことだから良いとしたって、俺は
「織野田くんは織野田くんで、どう接したらいいか判らないんでしょう? ……私にもその気持ち、判るわ。透くんって不思議な子よね?」
 女の無意味な会話から顔を逸らしてコーヒーカップに手を伸ばすと、程よい温度に下がっていた。
 俺、結局ミズノの淹れたコーヒー飲んでねかった。
「今にも壊れそうな感じ。だけど、時々――ちゃんと男の子なのよ。強い、というより……怖くなるくらいだわ。いつかあの子、どうにかなってしまいそう」
 女の言った言葉は、俺にはよく判らなかった。
 どうにかなってしまいそうってどういうことだ?
 頭悪くてわかんねぇ。
 今にも壊れてしまいそうだというのは何となく判る気がする。
 あいつのあの偽の笑顔、あれがそう思わせるんだ。
「平気よ」
 女がおもむろに言った。
「透くん、すぐ帰ってくるわよ」
 この女はミズノがどこに行っているか知ってるのだろうか。そう思わせるくらい、力強く言い切った。
「だって透くん、織野田くんのことを話している時すごく楽しそうに笑うのよ。織野田くんだって、透くんのこと何とかしてあげたいって思ってるんでしょう?」
 そう言って、女は会計を求める客のところに走って行った。
 知るか、あんなヤツのこと。
 あいつが俺のことをどんな風に話していようと、あいつが壊れそうだろうとどうにかなってしまおうと、俺には関係ねぇ。
 俺はあいつを探してなんていねぇ。
 大体、どこをどう探せばいいっていうんだ。探すあてすらない。
 俺はあいつの何も知らないし、知ろうとも思わない。
 気紛れに俺のところから出て行って、気紛れに帰ってくるつもりなのか、いい気なもんだ。
 そんなヤツのことを俺が心配するはずもない。
 だいたい気にいらねェんだよ、自分がこの世界で一番不幸ですみたいなツラしやがって、確かに俺はあいつみたいなドラマチックな人生送ってねぇし、強いて言えば底辺を這ってカビを舐めるような駄目人間ナメクジ生活だ。
 あいつが不幸を語るたび、何もしようとしないでただ怠惰に生きているだけの俺を責めているような、そんな気がしてくる。
 俺は他人が嘲笑まじりに同情するような、のほほんとした人生を、将来に何の希望も足枷もなく暮らしてる。
 そんな俺があいつの不幸をどうにかしてやれるはずがねぇんだ。
 探してなんていない。
 俺が探すことはあいつにとって残酷なんじゃないかって、そう思うからだ。