BLUE(6)
「優司。俺は、優司のものだ」
だから何処へも行かないで欲しい。
俺を置いて、何処にも。
優司が行くところ、何処へだって俺はついて行くから
黙って何処かへ行かないで欲しい。
子供だって笑われても良い。俺を置いて行った優司を、俺は一人にさせておけないんだ。
あの日も、笑って見送ってくれたじゃないか?
原稿を出版社に持って行く俺を、今日は原稿料前借りで美味いもん食べさせてくれって笑って言ったじゃないか?
何で
何でこんなことになったんだろう。
原稿料で美味いもの食わせるって俺約束したのに、それなのに
どうして優司は夕飯の材料を買いに出かけたんだ?
俺の大好きな旭屋のミートパイ買って、アトリエから百メートルも離れていないような道路で
優司、
俺を連れて行ってくれるって約束をしないまま
一人で何処へ行ってしまったんだ?
俺はそのまま床で眠り込んでしまっていたらしく、真夜中、呼び鈴の音で目を醒ました。
時計の針は午前三時を回っていて、こんな時間に来客なんておかしいのだけどあまりにもしつこい呼び鈴に俺はインターホンに出た。
「あたるッ」
流れて来たのはすばるの声だった。
「やっぱり納得いかないっ、話がしたい」
外はまだ肌寒い筈だ。こんな時間まで一体何処にいたんだろう。もう電車もないのに。
俺はとにかく扉を開けた。
「俺、考えた」
扉を潜ろうともしないですばるは、睨みつけるような目で俺を見据えた。
「俺があたるに、すごい失礼なことをしたのは悪い、と思う」
親に叱られた子供の様に唇を尖らせながら彼は声を荒立てずに話す。
「でも俺はまだあたるのことをよく知らない」
だからと言うわけじゃないけど、と彼は言葉を弱くしながら続けた。
「……あんな風に言われる筋合いはない」
彼は、その俺に向けられた視線と同じようにひどく真っ直ぐで、強い。
俺は彼の言葉を含んでから頭を下げた。
「そうだな。逆上してしまって、すまない」
すばるが優司に似ているのはすばるの所為じゃなく、すばるの持つ性質が優司と正反対なのもすばるの所為ではなく
それなのにすばるの存在自体を否定するようなことを言ったのは失礼だった。すばるのことを少しも考えない酷い仕打ちだった。
「だから」
俺の下げた頭の上ですばるが言葉を続けた。今度は、明るい口調で。
「俺の絵をあげる。今度、あたるの為に絵を描く」
俺が顔を上げると自信たっぷりな表情で彼が笑うので、それにつられるように俺も思わず噴き出してしまった。