弾倉の臥狗(15)
空気が澄んでいる。
おかげで夜空は高く冴え、満月に近い月が綺麗に見えた。雲もほとんどない。真夜中だというのに、辻が踏みしめた砂利には辻の影がはっきりとうつっている。
堂上会の邸を訪ねるのは子供の頃以来だった。
次に訪れる時は自分が渡世入りした時だろうと漠然と考えていたが、それとは少し違ってしまった。あるいは、形式的な渡世入りよりもよほど、腹を括ってはいるのだが。
庭には人影があった。
静かな夜だ。門を守る舎弟がいないと思ったら、庭で暢気に月を仰いでいる。目を凝らすまでもなくわかった。茅島だ。
辻の足の下で、砂利が鳴った。
茅島が振り返った。辻が生垣の影から姿を現すと、ぎょっとしたように息を飲んだ。
「辻、お前……!」
夜中の来訪者に驚いたというよりは、相手が辻だったことに驚いたようだ。
この月明かりならば、左目の傷もよく見えるだろう。辻は黙って茅島に歩み寄った。
「――聞いたぞ、大丈夫なのか」
辻の左目を一瞥した茅島が険しい表情を浮かべた。
周囲に人はいない。辻は右目で素早く辺りを窺うと、今まで兄弟のように親しくしてくれた茅島と、おそらく最後になるだろう気の置けない会話になることを覚悟して苦笑を浮かべた。
左目を掌で隠すように覆って、辻は頭を下げた。
「こんなもの、……かすり傷です」
十文字が心に負った傷に比べたら。
そう言って顔を上げた辻が左目の覆いを取って茅島の顔を正面から見据えると、一瞬、茅島の表情が凍てついた。僅かに頬が痙攣したようだ。
「……俺は今まで、お前を男にしてやりたいと思って何だって教えてきた」
平静を努めた茅島の声は夜風に掠れ、悔しさが滲んだように感じた。
そう思うのは、辻の驕りかも知れない。
「教えてきた、つもりだったよ。――でも、俺はそんな表情をさせることは出来なかった」
自分がどんな表情をしているのか、辻にはわかっているようでわからなかった。しかし茅島が自嘲気味に言うと、辻は、きっと自分が落ち着いた表情をしているのだろうと思った。
覚悟を決めた男の顔をしているのだろう。
茅島が、視線を伏せた。
「有難う御座いました」
辻は深く頭を下げると、しばらくの間、そうしていた。
夜風が辻と茅島の間を吹き抜けていく。茅島は決して、頭を上げろとは言わなかった。以前なら、どんなことがあっても辻が頭を下げ続けるなんてことは嫌がったはずだった。
もう、以前とは違う。
辻は、自分で顔を上げた。
茅島を見据えると、茅島も辻を探るような目で見ていた。
「――堂上会長にお話があって参りました。会わせて頂けますか」