knocking on your door(11)

 豊満な胸のついていない躰を愛撫するのは初めてで、俺は何やら居心地の悪い思いがした。
 女を抱いてる時ぁ肉に溺れるようにして貪ってりゃいいもんだが、カラカラの胸板の上は、どこをどうしたって気持ち良さそうなもんではない。
 仕方なく俺は耳朶やら首筋やらに舌を這わせながら、どうしたもんかと考えていた。
 しかしミズノは一人で勝手に息を弾ませ始めて、最初に足が絡みついてきた。
 腕は俺の首を抱いてから、ねっとりと俺の耳の後ろを撫でて――首筋を回って、胸に滑り降りてきた。
 悪くない。
 俺を呼ぶ吐息交じりの声もなかなかだ。
 しかし胸がない。
 どこに突っ込みゃいいか、なんてのは大方想像がつく。
 かといっていきなり突っ込むわけにもいかないし、俺の自慢の――嘘だが――バズーカだって発射準備ってもんが必要だ。
 さてどうしたもんか、と思っていると
「……斉丸……?」
 訝しげにミズノが俺を覗き込んだ。
 とろんとした眸。
 ゆっくりと瞼を落として、口付けをする。
 薄い唇を尖らせて、子供のように啄ばんだかと思うとそのままミズノは口を開いて、熱い舌を伸ばしてきた。
 枕から頭を上げて必死に求めてくる様にほだされるようにして俺がそれを食むと、舌先がピクリと震えた。
 俺の舌を擦りつける。どれどれなんて試してみるつもりで舐め返したはずが、俺は粘ついた唾液の音が部屋に響いてくるまで、意外と夢中になっていたことに気付かなかった。
 貪りあうようにして舌を絡ませながら、ミズノは今度、俺の手をそっと掴んできた。
 そのまま促されるように導かれた先に、ミズノの小さな乳首があった。
 ミズノに手を重ねられながらその先端を指先で摘むと、繋がっている唇がぴくんぴくんと小刻みに震えた。
 なるほど、リードしてくれちゃってんのか。
 俺はミズノから唇を離して、顔をミズノの胸元に潜り込ませた。一方を指先で弄りながら、もう一方を舌で転がしたり歯で甘く噛んでやる。
「あ……っ・あ、っン! あ、」
 ミズノがシーツを蹴るようにして膝を立て、甘い声で鳴いた。
 ――要は女と一緒なんだよな。
 一つずつ開拓してきゃイイんだ。
 全身くまなく嘗め回してる内に性感帯ってのが見えてくる。そうしたらそこを責めてやりゃいいんだ。
 男の場合万人共通の性感帯ってのはあるけど、女と同じでイキナリそこを責めるってのも芸がねぇ。ゲイだけに。
 俺は本腰を入れてミズノの躰を開拓し始めることにした。
 ミズノは何の文句も言わず、俺の髪に指先を絡めて抱き寄せたり、ズボンを脱がしてくれたりしながらまぁそこそこ感じて、俺の舌が性感帯に届くといやらしく身を捩って長い前戯に興じた。
 お陰様ですっかり準備の整った俺のものを挿入する段になると、ミズノはやけに乱れた。
 今にも昇天しそうな喘ぎ声をあげて俺にすがり付いてくる。
 男とヤルのは初めてだが、女のそれとは確かに違う。
 女のアナルも経験したことはないが、それとも微妙に違うもんなんだろう。何しろ手を前に回せば、あれっ俺が突っ込んでるものがここにもあるよってなもんだ。
 だけど他の男と、ミズノ自身だって大分違うんだろう。
 ミズノの鳴き声は女ともつかず、かといって男のものだと意識させられるようなものでもなかった。
 胸はない、チンコはある、なのに俺はそのミズノのチンコを扱きながら尻を掘るような真似さえ出来てしまった。
 俺はミズノの嬌態に翻弄されるようにして夢中でミズノを掻き乱し、ミズノも発情した獣のようなあられなさで、俺が果てるまでに二回もイってしまった。
 俺が突くたび、俺が触れるたび、ミズノは何十回何百回、もしかしたら何千回俺の名前を呼んだか知れない。
 子供がしゃくり上げるような声で、発情しきった猫のような声で、悶えながら喘ぎながら、時には吐息と共に、時には全身を痙攣させてイキながら、ミズノは俺の名前を呼んだ。
 だから俺の名前は今までにない響きを持って、俺の中に大きな価値を得たようだった。
 俺は今までこんなに淫らな声で名前を連呼されることはなかった。
 それはまるで自分の名前ではないようにすら感じた。
「……斉丸」
 俺は収まりがつかなくて、珍しく後戯なんかを施しながらミズノに何千回目かの名前を呼ばれていた。
 そーいや他人と寝たのなんか何ヶ月か――年単位かも知れないくらい久々で、ミズノが来てからマスかくこともねかったんだから、俺は相当溜まってたんだろうと思う。
「ねぇ、斉丸」
 絡めた足を解くことなく、俺に抱っこちゃんのポーズでしがみ付いたまま、ミズノは掠れた声で囁く。
「斉丸は優しいから、……忘れようとしてくれているのかも知れないし、忘れてくれたのかも知れないけど、俺は忘れて欲しくない。ちゃんとした気持ちで言ったから、もう一度言うよ」
 俺が愛撫するような手つきで濡れた前髪をかき上げてやると、水野は双眸を細めて微笑んだような表情をした。
 人の微笑と泣き顔と、あといやらしい顔つきってのはどうしてこうも似てるんだ。見分けがつかねぇ。
 俺はその表情から目を逸らすようにして、ミズノの首筋に赤く残したキスマークに唇を重ねた。
「俺は斉丸が、好きだ」
 背中に回されているミズノの手が、きゅっと力を篭めた。
「斉丸、……聞いてるの?」
 ベッドの上で身悶えるミズノは確かに美しいと思った。
 めちゃくちゃにしてやりたいと思ったし、ミズノがもっと来てといえばそれ以上に汚してやりたいと思った。
 しかし俺は――一発やってすっきりした後だから思うわけではなく、ミズノを抱いてしまったからこそ、胸の中にどす黒い思いが込み上がってくるのを感じた。
 こんなに感じやがって、サトシとかいう男ともこうやってヤリまくってたんだろうが、とか。
 全部あの男が悪いとか言って、所詮あんただって悦んでたんじゃねェの、全身性感帯のエロい躰しやがって、とか。
 自他共に認めるデリカシーのなさを誇る俺でも、さすがにそれを言い出せずにいたのは、ミズノがいつも見せる通りの偽りの笑顔を貼り付けていたせいだろう。
 俺はそれを言い出せないなら、それを忘れることしか出来ない。
 ミズノの告白も一緒くたにして、ザーメン拭いたティッシュと一緒に丸めて棄てて。
 そーいうのを優しさなんて言うのか?
「斉丸」
 本当にこいつはヒトの名前をぽんぽんとよく呼ぶ。
「……斉丸?」
「うるせぇな」
 俺は後戯に飽きて、ごろんとミズノに背を向けた。
 このベッドに二人で寝ようとミズノが言い出した時の事を覚えている。
 ……結構平気なもんだな。多少窮屈だが。
 ミズノはしばらくの間躊躇うように俺の背に手をあてていたが、やがて躰を離して縮こまった。
 もう俺の名を、呼ぶな。
 喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み下す。
 もう俺の名を呼ぶな。
 その声を聞くたびに俺はあんたを疑うから。
 あんたが俺を好きだなどと言うなら、そう言った口でもう二度と、俺の名を呼ぶな。
 眼を閉じると、瞼の裏にはミズノの嬌態が浮かんだ。
 斉丸斉丸、と鳴いている。
 だけどその名前だけを入れ替えて、今まで一体何人の男と寝てきたんだ?
 時にはそれがサトシになり、あの喫茶店に来たオヤジの名になるんだろう。
 サトシって男と暮らしたように俺と暮らして、サトシって男に言ったのであろうように俺に好きと言い、サトシって男と寝たように俺と寝て――…。
 ……何を考えてるんだ、俺は。
 別にそんなことどうでもいいじゃねぇか。
 ミズノが他にどうしてようと、俺には関係ないはずだ。
 もし明日、ミズノがサトシと会ってさっきの続きをおっぱじめようと、ミズノが俺を好きだなんて言ったのがただの嘘だろうと、俺はミズノをただの厄介な居候だと思ってるんだから、迷惑のかからない程度の嘘なんてどうでもいいんじゃねェのか?
「……ハ、」
 俺が鼻先で笑った時、背後でミズノの寝息が聞こえていた。