BLACK(5)
雨がまた降り始めた。
音を立てて草を叩く。
「何しに来たんだよ」
俺がうわ言のように呟くと、すばるは言葉に詰まった。
「……あたるを責めにきたわけじゃ、ない」
やがて、絞り出すような声で答えた。
「責められてるとは思ってないよ」
俺の着けている服を通り越して、雨が俺の体を冷やし始める。
不思議と肌寒さは感じなかった。これもまた一つのズレ、なのだろう。
「俺のことをちゃんと、見て欲しい」
俺に向かって雨を一粒一粒落としてくる天を見上げて俺は腕を伸ばした。
優司、
俺は此処にいるよ。
逢いたい。
迎えに来てよ。
「あたる!」
「うるさい」
返事をしない俺を不服に思ったらしいすばるを、俺は声を荒立てずに拒絶していた。
すばるがまた、怯えたように黙り込む。
「お前さえ良ければそれで全てが丸く収まるようなこと言ってんじゃねぇよ」
酷いことを言っているという自覚があった。本当に心からすばるを憎んでいるわけじゃない。
それなのに
「――お前が優司を殺したくせに」
俺の口はまるで別の生き物でも乗り移ったかのように言葉を紡いでいた。
すばるの顔面が蒼白になった。俺も彼も、髪から伝い落ちる雨の雫を少しも拭おうとしない。
「ど、……ういう……」
優司が影で、すばるが陽で
すばるの明るさが優司を掻き消してしまったんだなんて思ったこともあった。
損なのはただの馬鹿げた思い付きだ、とその時は自分の中で笑い飛ばした。すばるに申し訳ないと素直に思った。
「あたる、――……どういう、意味……?」
雨を吸って重くなった身体を無理矢理起こしてすばるの顔を正面から見る。
すばるも、揺れる眸で俺をしっかりと見据えていた。
少しくらい目を逸らしてしまうような弱さがあっても良いのに、すばるの明るさの前では俺の卑怯な心も、後ろめたさが増幅して死にたくなる。みんなが皆、お前のように真っ直ぐ生きることなんか出来ないんだと殴りつけてしまいたくなる。
「望月呉服店の旦那――お前の父親が、優司をはねたんだよ、トラックで」
そうして振り下ろした俺の、言葉の拳はすばるの頬を打つでもなく、
飽くことなく降りしきる雨の音に滲んで消えた。
*****
「まったくアンタは何考えてるの!」
と母に叱られながら俺は布団の中にいた。
雨に当たっていた所為で患った大風邪で高熱をだし、俺は一日に十何時間も眠りについた。
それは、何も考えなくて済む幸せな時間で、この熱が暫く下がらなければ良いと願うほどだった。
それでも自然治癒力というのは無情なもので、眠れば眠るほど体調は回復していった。そのために眠っているのだから当たり前のことなのだ。
やはり安らかな眠りなんてものは死、以外にありえないのか。
だから、優司も死んでしまったんだろうか。寂しさも哀しさも考えずに済むように。
ある日高嶋が唐突に見舞いに来たので何かと思っていたら、母が出掛けるので後先考えない不肖息子を見張っておいてねということらしかった。
幾らなんでも高嶋だって暇じゃないんだからと文句を言った俺に高嶋は暇なんだと堂々と言い放つ。まさか、と思ったが俺は言及しないで置いた。優司の許に行きたいとしか考えていない俺を引きとめてくれる人がいる。俺は罪悪感に駆られて泣き出したくなった。
「神野」
人の家のインスタントラーメンを勝手に作って一人で啜りながら高嶋は重い口を開いた。
「何考えてんだ、お前」
高嶋らしい率直さだった。俺は思わず笑ってしまった振りをして、敢えて返事をしなかった。
「後なんか追ってったところで、優司にうざがられるだけなんじゃないか」
そんなオチは笑えないぞ、と高嶋がすっとぼけた声で言う。
確かに俺は、優司に求められていないのかも知れない。
俺がそう感じていたことも高嶋は知っているんだろう。
俺だってすばると同じだ、自分さえ幸せなら良いと思っている。優司の傍にいて、他の人を捨てて良いわけがないのに。
「ストーカー、とか言われちゃうんだ」
優司の眉を潜める表情を無理矢理想像して、俺は笑って見せた。
インスタントラーメンの匂いが美味そうに思えた。
眠っているうちに体力は回復したし、生きている以上腹も減ってくる。
俺が一口くれと上体を起こそうとすると、病人の食い物ではないと一蹴されて再び布団に突っ伏す。
その、枕に埋まった頭を上から軽く抑えつけて
高嶋は言った。
「あの望月すばるという男。優司の、弟だそうだ」
淡々とした声だった。